大阪地方裁判所 平成2年(ワ)9496号 判決 1993年9月27日
原告(反訴被告)
甲野一郎
(以下「原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
E
被告(反訴原告)
乙川次男
(以下「被告」という。)
主文
一 原告の本訴請求中、被告に対し、原告より預かり保管中の書類一切の引渡しを求める訴えを却下する。
二 被告の反訴請求中、被告が神戸地方裁判所伊丹支部昭和六〇年(ヨ)第一三七号事件において、原告代理人として株式会社大阪銀行尼崎支店に支払保証を委託した一〇〇〇万円を限度とする担保につき、担保取消申立ての代理権及び担保取消決定に基づき同銀行から右担保金の払戻しを受ける権利を有することの確認を求める訴えを却下する。
三 被告は、原告に対し、三〇四万円及び内金一二五万円に対する平成三年一月九日から、内金一七九万円に対する平成五年四月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の本訴請求を棄却する。
五 被告のその余の反訴請求を棄却する。
六 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
七 この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一本訴
1 被告は、原告に対し、一九七六万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成三年一月九日(訴状送達の日の翌日)から、内金九七六万円に対する同五年四月七日(請求の趣旨増額申立書送達の日の翌日)から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、原告より預かり保管中の書類一切を引渡せ。
二反訴
1 原告は、被告に対し、二六〇〇万円及び内金六〇〇万円に対する昭和六二年一〇月四日から、内金五〇〇万円に対する平成三年三月二〇日(反訴状送達の日の翌日)から、内金五〇〇万円に対する同年一一月一日(反訴請求の趣旨増額申立書送達の日の翌日)から、内金一〇〇〇万円に対する同五年四月一三日(反訴請求の趣旨再増額申立書送達の日の翌日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告が神戸地方裁判所伊丹支部昭和六〇年(ヨ)第一三七号事件において、原告の代理人として株式会社大阪銀行尼崎支店に支払保証を委託した一〇〇〇万円を限度とする担保につき、担保取消申立ての代理権及び担保取消決定に基づき同銀行から右担保金の払戻しを受ける権利を有することを確認する。
第二事案の概要
本件は、本訴において、依頼者である原告が弁護士である被告に対し、委任契約上の債務不履行(事件未着手など)を理由に既払いの着手金、報酬の返還及び損害賠償を、また、不法行為(違法な仮差押・反訴提起など)に基づく損害賠償を、さらに被告に預けた右委任契約に関する一切の書類の引渡しをそれぞれ求めている。
そして、反訴において、被告が原告に対し、右委任契約に基づく報酬残金の支払い及び原告の不法行為(違法な本訴提起など)に基づく損害賠償並びに被告が原告を代理して保全事件の担保取消申立ての代理権及び担保取消決定に基づく担保金の払戻しを受ける権利を有することの確認を求めている事案である。
一争いのない事実
1 被告は、大阪弁護士会に所属する弁護士である。
2 原告は、昭和五七年九月二五日、被告との間で、次のとおり訴訟委任契約を締結した(以下「本件訴訟委任契約」という。)。
(一) 事件の表示 神戸地方裁判所伊丹支部(以下「伊丹支部」という。)、所有権確認・所有権移転登記請求訴訟事件
(二) 相手方 林判正(以下「林」という。)他七名
(三) 被告は、弁護士法に則り誠実に委任事務の処理にあたるものとする。
(四) 着手金 五〇〇万円
報酬金 一三〇〇万円
原告は、本件訴訟委任契約に基づき、右同日三〇〇万円、同五八年二月八日に二〇〇万円を被告に支払った。
3 被告は、その後、別紙物件目録(七)ないし(九)記載の各不動産(以下「二六一番ほかの土地建物」という。)につき、林、甲野美好、甲野一三、甲野学、甲野宜照、甲野光弘、木田冨美子、天津一子及び河南艶子を相手方として伊丹支部に持分権移転登記手続等請求訴訟を提起し(同庁昭和五七年(ワ)第二四七号事件、以下「第一の訴訟」という。)、昭和六〇年八月二二日、原告全面勝訴の判決がされた。これに対し、林、木田冨美子、天津一子及び河南艶子から控訴がなされた(大阪高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一七五四号、第一七七九号、第二〇九八号事件)が、同六二年二月一九日、控訴棄却の判決がされた。これに対し、木田冨美子、天津一子及び林から上告がなされた(最高裁判所昭和六二年(オ)第六二二号、第六二三号事件)が、同年九月二四日、いずれも上告棄却の判決がされ、原告勝訴判決が確定した。
4 林は、第一の訴訟の第一審判決後の昭和六〇年九月一四日、別紙物件目録(七)及び(八)記載の各土地(以下「二六一番ほかの土地」という。)に土砂を入れてプレハブ一棟(以下「本件プレハブ」という。)を建築し、また、別紙物件目録(二)ないし(四)記載の各土地(以下「二四三番五ほかの土地」という。)上にブロックを積みプレハブ一棟を建築して右各土地を占有した。原告は、同月一九日、被告との間で、不動産明渡し断行の仮処分を申立てる旨の委任契約(以下「本件仮処分委任契約」という。)を締結した。そして、被告は、同月二一日、二六一番ほかの土地につき林を相手方として、伊丹支部に土地明渡し断行の仮処分を申請した(同庁昭和六〇年(ヨ)第一三七号事件)。同裁判所は、同月二五日、原告に担保として大阪銀行尼崎支店(以下「大阪銀行」という。)との間の支払保証委託契約の方法により定期預金で一〇〇〇万円を立てさせた(以下「本件保証金」又は「本件定期預金」という。)うえ、本件プレハブ等の一切の工作物の撤去及び二六一番ほかの土地の執行官保管(原告使用許可)を命ずる旨の仮処分決定をなした(以下「本件仮処分」という。)。被告は、同日、右仮処分決定正本を添えて同裁判所執行官に仮処分執行の申立てをなし(同庁昭和六〇年(執ハ)第三八号事件)、同月二八日、同執行官は、本件仮処分の執行に着手した。しかし、同執行官は、本件プレハブ及びその敷地並びに公道に通じる通路部分の仮処分の執行を中止し、残りの二六一番ほかの土地について本件仮処分を執行した。
5 原告は、昭和六〇年一二月一〇日、被告から第一の訴訟につき追加の着手金三〇〇万円の請求を受けたので、これを支払った。そして、原告は、同六二年三月一三日、被告から第一の訴訟につき報酬四〇〇万円の請求を受けたので、これを支払った。
原告は、同年九月二八日、被告から第一の訴訟につき報酬六〇〇万円の請求を受けた。これに対し、原告は、第一の土地につき最高裁で勝訴したにもかかわらず、別紙物件目録(一)ないし(九)の各不動産(以下「本件不動産」という。)が元に戻ってこないばかりか、本件保証金一〇〇〇万円を取戻すことができないことなどを理由に、同年一〇月三日、被告に対し、本件訴訟委任契約を含むすべての委任契約を解除する旨の意思表示をした。
6 被告は、平成三年二月一五日、原告名義の本件定期預金につき、第一の訴訟の報酬残金を被保全債権として債権仮差押決定を得た(大阪地方裁判所平成三年(ヨ)第三六〇号事件。以下「本件仮差押」という。)。そこで、原告は、同月一三日、同裁判所に対し、本件仮差押の保全異議を申立て(同庁平成三年(モ)第五〇七二八号事件)、同裁判所は、同年七月二三日、保全異議を認容し、本件仮差押決定を取消して被告の申立てを却下する旨の決定を下した。被告は、右決定を不服として保全抗告したが(大阪高等裁判所平成三年(ラ)第二七八号事件)、同裁判所は、同年一二月一九日、被告の保全抗告を棄却する旨の決定をした。
二原告の主張(本訴請求原因)
1 原告は、昭和五七年七月ころ、被告に対し、原告固有財産のうち、原告の知らない間に原告の父甲野作次郎(以下「作次郎」という。)名義に所有権移転登記が経由されていたため、作次郎の死後、原告の弟妹らに遺産分割登記が経由された本件不動産について、遺産分割の対象から除外してもらうべく、本件不動産を原告に取り戻すために必要な法的手続一切を依頼した(以下「本件委任契約」という。)。
その後、被告は、本件不動産のうちとりあえず二六一番ほかの土地建物について最初の訴訟を提起する旨原告に断り、第一の訴訟を提起した。
2 被告の本件委任契約上の債務不履行
原告は、第一の訴訟提起の前後にわたり、被告に対し、別紙物件目録(一)ないし(六)記載の各不動産(以下「残りの不動産」という。)についても、同時に法的手続をしてほしい旨何度となく要請した。しかし、被告は、「(本件不動産は)沢山ありややこしいので、順番にやってゆきます。まず、最初に二六一番ほかの土地建物からやります。」と言って、原告の要請を聞き入れなかった。このように、被告は、原告に対し、残りの不動産についても順次委任事務に着手する旨約束したのである。
しかしながら、被告は、第一の訴訟を提起したほかは、原告が被告を解任する旨の意思表示をした昭和六二年一〇月二日に至るまで、残りの不動産について、訴訟提起などの法的手続を行わなかった。また、第一の訴訟についても、最高裁で勝訴判決がなされたにもかかわらず、原告の所有権が完全に回復されるには至らなかった。
3 被告の本件仮処分委任契約上の債務不履行
(一) 原告は、本件仮処分委任契約締結の際、被告に対し、林が二六一番ほかの土地上に本件プレハブを建築したこと、二四三番五ほかの土地上にもプレハブを建築したこと、本件プレハブ内に山中義夫(以下「山中」という。)という第三者が住んでいることを告知するとともに、右山中の表札のかかった写真を提供した。しかしながら、被告は、山中を相手方にしないまま、しかも、二四三番五ほかの土地を仮処分の対象に加えることなく本件仮処分を申請し、仮処分決定を得た。そのため、伊丹支部執行官は、本件仮処分に基づき、本件プレハブの撤去並びにその敷地部分及び通路部分の明渡しの執行をすることができず、右部分及び二四三番五ほかの土地について、林及び山中の不法占拠を排除することができなかった。
(二) 被告は、本件仮処分の執行をした以上、林及び山中に対する建物収去土地明渡しの本案訴訟を提起すべきであるにもかかわらず、漫然と第一の訴訟(当時は控訴審に係属中)を進めた。そのため、最高裁において、第一の訴訟の勝訴判決が出て確定したにもかかわらず、本件仮処分の担保取消決定を得ることができず、二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地の占有権の確定的な取り戻しもできなかった。
4 既払いの着手金・報酬の返還
原告は、昭和六二年一〇月三日、被告に対し、被告の右2及び3の債務不履行などを理由に被告とのすべての委任契約を解除する旨の意思表示をした。ところで、右同日時点における被告の委任事務は、二六一番ほかの土地建物の所有権登記の回復のみしかなされておらず、全体の半分しか終えていないから、原告が被告に支払った着手金合計八〇〇万円の半額である四〇〇万円は、原告に返還されるべきものである。また、被告は、委任事務のすべてを終えていないのであるから、原告が被告に支払った報酬四〇〇万円は、全額原告に返還されるべきものである。
5 被告の反訴提起、本件仮差押の違法性
被告は、受任弁護士として、誠実に委任事務を履行する義務があるにもかかわらず、これを怠るばかりか、自己の債務不履行を言い逃れる手段として、原告及びその家族に対し、強圧的態度で不当な報酬請求を繰り返した上、さらに本件仮差押をするとともに、反訴を提起して報酬を請求するに至った。被告の右一連の行為が正当な法的権利に基づくものではないことは、法律の専門家である被告は十分認識し得たはずであり、これらが不法行為を構成することは明らかであるというべきである。
6 被告の第一の訴訟における弁論活動の違法性
原告は、本件委任契約の際、被告に対し、本件不動産が原告の固有財産であること及び所有権取得経過を詳細に説明して所有権回復に必要な法的手続を依頼した。ところが、被告は、原告の訴訟代理人として第一の訴訟の口頭弁論において、別紙物件目録(五)及び(六)記載の各不動産(以下「上ヶ芝の土地」という。)につき、原告は所有権を有しているとは考えていない旨の昭和五八年八月二五日付準備書面を作成して提出、陳述した。被告の右準備書面は、原告の右説明とは明らかに異なるものである。そして、右のことが原因で、原告は、上ヶ芝の土地について、林から共有物分割の訴訟を提起され(伊丹支部平成三年(ワ)第二八四号、第二九八号事件)、右各訴訟に応訴せざるを得なくなった。このような被告の行為は、原告に対する重大な背信行為であることはいうまでもなく、違法性を帯びることは明らかである。
7 原告の被った損害額
(一) 被告の債務不履行によって被った損害額
(1) 原告が後日、残りの不動産につき林及び作次郎の相続人を相手方として、伊丹支部に共有持分移転登記手続等請求訴訟を提起(平成二年(ワ)第二七八号事件)した際に要した弁護士費用二〇〇万円
(2) 原告が後日、二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地などにつき林らを相手方として、伊丹支部に占有移転禁止等の仮処分を申請(平成二年(ヨ)第八六号、同三年(ヨ)第四八号事件)した際にそれぞれ要した弁護士費用(着手金)計一六〇万円、原告が後日、二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地などにつき林らを相手方として、伊丹支部に建物収去土地明渡等請求訴訟を提起(平成二年(ワ)第二一三号、同三年(ワ)第三六一号事件)した際にそれぞれ要した弁護士費用(着手金)計四九〇万円並びに右訴訟の控訴審(大阪高等裁判所平成四年(ネ)第二〇五五号事件)における弁護士費用(着手金)三四〇万円の合計九九〇万円から、本件仮処分に要した弁護士費用(着手金)五〇万円及び右訴訟(控訴審)における弁護士費用(報酬)相当額三四〇万円の合計三九〇万円を控除した残額六〇〇万円
(二) 被告の不法行為によって被った損害額
(1) 本件仮差押の保全異議申立てに要した弁護士費用(着手金・報酬)四〇万円
(2) 本訴の提起に要した弁護士費用(着手金)六三万円
(3) 反訴に対する応訴に要した弁護士費用(着手金)八〇万円
(4) 林の提起した各共有物分割訴訟に対する応訴に要した弁護士費用(着手金)一九三万円
8 よって、原告は、被告に対し、委任契約の解除に基づく既払金の返還として八〇〇万円、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償として八〇〇万円、不法行為に基づく損害賠償として三七六万円の合計一九七六万円及び内金一〇〇〇万円に対する平成三年一月九日から、内金九七六万円に対する同五年四月七日から、各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
9 書類引渡し請求
原告は、被告に対し、本件委任契約及び本件仮処分委任契約に基づき、必要な書類をすべて預託した。しかし、原告は、昭和六二年一〇月三日、本件委任契約を含めた一切の委任契約を解除する旨の意思表示をした。
よって、原告は、被告に対し、原告より預かり保管中の書類一切の引渡しを求める。
三被告の主張(反訴請求原因及び抗弁)
1 報酬請求権の存在
(一) 被告は、原告との間で、二六一番ほかの土地建物について本件訴訟委任契約を締結し、第一の訴訟を提起して委任事務の処理にあたってきた。その後、被告は、昭和六〇年一二月一〇日、原告との間で、本件訴訟委任契約の報酬について、第一の訴訟が最高裁判所に至るまで原告が全面勝訴した場合には、原告は、被告に対し、報酬として一〇〇〇万円を支払う旨合意した。そして、第一の訴訟は、第一、第二審及び上告審とも原告全面勝訴の判決が下され、被告は、同六二年九月二四日の最高裁判決によって、本件訴訟委任契約の目的をすべて達成した。その後、原告は、被告に対し、報酬残金六〇〇万円を同年一〇月三日限り支払う旨約した。
(二) よって、被告は、原告に対し、本件訴訟委任契約に基づく報酬残金六〇〇万円及びこれに対する弁済期到来の日の翌日である昭和六二年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 原告の不法行為
(一) 原告の詐欺
(1) 右1(一)のとおり
(2) ところが、原告は、被告に対し、報酬残金を支払う約定に反して、報酬を支払わないばかりか、被告の本件訴訟契約の委任事務終了後の昭和六二年一〇月三日、被告を解任する旨を通知してきた。すなわち、原告は、当初から報酬残金を支払う意思がないにもかかわらず、その意思があるように装って被告を欺き、被告に第一の訴訟の受任、追行をさせて財産上不法の利益を得たのである。
(二) 原告による本件定期預金の名義変更行為の違法性
(1) 被告は、原告の代理人であった被告を預金名義人とする本件定期預金通帳を保管している。被告が右通帳を保管している趣旨は、原告が被告に対し、弁護士報酬の支払いをしない場合の支払担保の機能を有するものである。また、被告は、原告が弁護士報酬を支払わない場合において、被告自ら担保取消決定を得て大阪銀行より本件定期預金の払戻しを受けた際に負担する被告の原告に対する一〇〇〇万円の条件付き返還債務を受働債権として、被告の前記報酬請求権と対等額で相殺しうる期待権を有しているのである。
(2) しかしながら、原告は、平成二年二月、被告に無断で、大阪銀行との間で、本件定期預金の名義人を原告に変更する旨の手続を行い、本件定期預金通帳の再発行を受けた。
(3) 原告の右行為は、被告の前記期待権を侵害するものであり、不法行為が成立することは明らかである。
(三) 原告による本件保証金の取戻し行為の違法性
(1) 被告は、昭和六二年一〇月四日、原告に対し、大阪弁護士会報酬規定八条に基づき、被告の前記報酬残金六〇〇万円を自働債権として、被告が後日、本件保証金の担保取消決定を得て大阪銀行より払戻しを受けた際に、被告が原告に対して負担する一〇〇〇万円の条件付き返還債務を受働債権として、対等額で相殺する旨の意思表示をした。
(2) しかしながら、原告は、本件保証金から被告の前記報酬残金六〇〇万円が回収されるのを妨げる目的で、平成三年三月一五日、伊丹支部に対し、本案勝訴判決の確定を理由に、第一の訴訟の勝訴判決正本などを疎明資料として添付して、本件保証金の担保取消決定の申立てをなした。
(3) 原告の右申立ては、結果的には担保の事由が止んだとは認められないことを理由に却下されたが、原告の右行為は、本件仮処分の本案勝訴判決の疎明資料とはなりえない判決正本を疎明資料として担保取消決定を得ようとしたものであり、本件保証金に対する被告の権利行使を妨げる目的でなされたものである。そして、原告の右行為が不法行為を構成することは明らかであるというべきである。
(四) 原告の本訴提起及び追行等の違法性
原告は、種々の虚偽の証拠及び虚構の主張に基づき、本訴を提起したのであり、これが不法行為を構成することは明らかである。
すなわち、本件仮処分の後、原告が林、山中らを相手方として申立てた二つの仮処分は、原告代理人弁護士のE(以下「E弁護士」という。)が仮処分制度全般並びに一般民事司法手続についての理解を著しく欠いていたため失敗に終わったものであり、そのため、原告は、その後の訴訟を含めて、弁護士費用を含む多大の訴訟費用の出捐を余儀なくされた。そこで、原告は、E弁護士と策謀して、右訴訟費用の回収をはかるべく、本訴請求原因のいずれについても虚構の主張をし、また、数々の虚偽の書証を本訴に提出する行為に及んだばかりか、裁判制度を悪用して右訴訟を追行し、種々の訴訟遅延行為に出たのである。かかる原告の行為が、裁判所を欺く違法行為(詐欺訴訟)であることは明らかであり、不法行為が成立するというべきである。
(五) 被告の被った損害額
被告は、原告の右一連の不法行為により、被告の名誉を著しく棄損され、多大の精神的苦痛を受けた。被告の右苦痛を慰謝するには二〇〇〇万円が相当である。
(六) よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として二〇〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する平成三年三月二〇日から、内金五〇〇万円に対する同年一一月一日から、内金一〇〇〇万円に対する同五年四月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
3 担保申立代理権及び担保金払戻請求権確認の訴え
(一) 被告は、伊丹支部昭和六〇年(ヨ)第一三七号事件における本件保証金につき、担保取消決定の申立ての代理権を有するものである。そして、右を前提に、被告は、前記のとおり、原告に対する報酬残金六〇〇万円を自働債権として、被告が後日担保取消決定を得た場合に原告が被告に対して負担する一〇〇〇万円の条件付き返還債務を受働債権として、対等額で相殺する旨の意思表示をした。
(二) しかしながら、原告は、前記のとおり、昭和六二年一〇月二日、被告を解任する旨通告し、さらに、被告に無断で本件定期預金の名義人を変更して被告の右相殺権を行使しうる停止条件付権利の条件成就を故意に妨害したのである。そこで、被告は、反訴状において、民法一三〇条に基づき、被告の右停止条件付権利の条件が成就したものとみなす旨の意思表示をした。
(三) 確認の利益の存在
そもそも、本件保証金については、本件仮処分債務者が損害賠償請求権を被担保債権とする質権を有しているため(民訴法一一三条、一一七条)、訴訟の完結(仮処分債権者の敗訴)後、仮処分債務者が右権利を行使するかどうかを催告し、かつ、一定期間内に権利を行使しなかったことが必要である(同法一一五条、一一七条)。したがって、被告としては、本件保証金の担保取消申立ての代理権を有することの確認がされない限り、被告は、右権利行使催告をすることができず、現実に本件保証金の払戻しを受けて前記報酬残金六〇〇万円の弁済を受けることができなくなるのである。
また、大阪銀行は、取扱いのミスにより本件定期預金の名義人を被告に無断で変更し、その後、被告に対し、本件保証金の払戻しに応じる用意はない旨述べており、被告としては、右確認を求める必要があるというべきである。
(四) よって、被告は、本件保証金の担保取消申立ての代理権及び大阪銀行から本件保証金の払戻しを受ける権利を有することの確認を求める。
4 抗弁(書類引渡し請求に対して)
(一) 大阪弁護士会報酬規定八条によれば、依頼者が弁護士報酬又は立替費用等を支払わないときは、弁護士は、事件等に関して保管中の書類その他のものを依頼者に引渡さないでおくことができる旨規定されている。
(二) よって、被告は、前記報酬残金六〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いがなされるまで、原告の書類引渡し請求を拒絶する。
四争点
(本訴)
1 原告の書類引渡し請求の適法性
2 原告は、二六一番ほかの土地建物を含めた本件不動産全部について、被告に必要な法的手続を委任したか。
3 原告は、被告を解任したことによって既払いの着手金の一部及び報酬の返還を求めることができるか。
4 被告に右2の委任契約上の債務不履行が認められるか。
5 被告に本件仮処分委任契約上の債務不履行(善管注意義務違反)があるか。
6 被告の提起した反訴は不法行為になるか。
7 被告のなした本件仮差押は不法行為になるか。
8 被告の第一の訴訟における訴訟活動は不法行為になるか。
9 原告の損害額
(反訴)
10 被告の担保取消申立て代理権及び本件保証金払戻請求権確認の訴えの利益の存否
11 被告は、本件訴訟委任契約に基づき、報酬残金六〇〇万円を請求できるか。
12 原告は、第一の訴訟に関し被告に対し、詐欺行為をしたか。
13 原告が被告に無断で定期預金(本件仮処分保証金)の名義を変更した行為は不法行為になるか。
14 原告が本件保証金の担保取消決定を申立てた行為は不法行為になるか。
15 原告の提起した本訴は不法行為になるか。
16 被告の損害額
第三争点に対する判断
一以下に摘示する各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和三五年に死亡した作次郎の長男である。原告は、作次郎の他の相続人(代襲相続人を含む。以下「相続人」という。)との間で作次郎の遺産分割の協議や調停が行われている過程で、本件不動産及び兵庫県川西市丙田の土地が原告の固有財産であるか作次郎の遺産に属するかが相続人の一部との間で争いとなった。原告は、相続開始時には作次郎名義で本件不動産の登記がなされていたものの、実際には原告が所有権を取得したものであり、作次郎の遺産には属しない旨主張していた。ところが、昭和五六年、本件不動産について、一旦相続人六名(原告、木田冨美子、天津一子、甲野衛、甲野稔及び河南艶子)名義で相続登記がなされたうえ、右六名のうち甲野衛の持分権について、林名義で持分権移転登記ないし持分移転請求権仮登記がなされ、林が遺産分割の協議、調停に介入する事態となった。そこで、河南艶子は伊丹市役所の法律相談を受け、かつて伊丹支部長をつとめたことのある被告を紹介された。原告らは、同年六月一一日、被告事務所を訪れ、林を遺産分割の協議、調停から排除することの法律相談を行った。しかし、結局、原告らは、被告に具体的な法的手段の依頼はしなかった。(<書証番号略>、証人甲野敬子、証人甲野稔、証人乙川、原告第一回、第二回)
2 原告は、昭和五七年七月ころ、本件不動産の登記簿謄本を持参して、同人の妻甲野敬子と一緒に被告事務所を訪れ、被告との間で、林及び他の相続人を排除して本件不動産の所有権を原告に取戻してほしい旨の相談をした。その際、原告は、被告に対し、本件不動産が原告の所有であること及びその取得経緯の説明をし、その後、必要な書類関係及び本件不動産の評価額を証明する書面を被告に手渡した。被告は、原告に対し、原告の所有権取得を立証し易い二六一番ほかの土地建物について林及び相続人を相手に所有権確認、持分権移転登記請求訴訟を提起する旨説明した。原告は、被告に対し、残りの不動産についても、同時に訴訟を提起してほしい旨要請した。しかし、被告は、「(本件不動産は)沢山あり、残りの不動産の原告の所有権取得経緯はややこしくて裁判官に説明しにくいし、取り上げて貰えないかもしれないので順番に着手する、最初に二六一番ほかの土地建物から行う。」旨返答して原告の要請を聞き入れなかった。そこで、原告は、仕方なく被告の説明のとおりの法的手続を依頼することとし、同年九月二五日、被告との間で本件訴訟委任契約を締結した。そして、被告は、本件訴訟委任契約に基づき、第一の訴訟を提起した。原告は、第一の訴訟の提起後、被告に対し、残りの不動産についても訴えを提起してほしい旨再三再四にわたり申し入れたが、被告は、順番にやる旨返答するのみで、残りの不動産について訴えを提起するようなことはしなかった。(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回、第二回)。
3 第一の訴訟の第一審判決が言い渡された昭和六〇年八月二二日当時、二六一番ほかの土地は、原告が野菜や植木を植栽している畑であった。ところが、同年九月一四日、突然林が大量の土砂を搬入して右畑をつぶして本件プレハブを建てるなどし、さらに二四三番五ほかの土地にも土砂を搬入して地上にプレハブを建てるなどという事態が生じた。驚いた原告は、直ちに本件プレハブなどの状況、畑をつぶされた状況を写真撮影し、同月一六日、右写真を被告事務所に持参して被告に右事態を説明するとともに、同人に対し、右各土地の原状回復の措置を講じることを依頼した。その際、原告は、被告に対し、本件プレハブに「山中義夫」の表札がかかっており、山中が本件プレハブ内にいることを写真を示しながら説明した。そこで、被告は、事務員に指示して、山中の住所を「兵庫県川西市丙田二番」として住民票の写しの交付を川西市役所に請求したが、同市役所から山中義夫の住民登録はない旨の回答があった。被告は、原告に対し、山中の住所を調べるよう指示したが、結局山中の住所は分からなかった。そこで、被告は、本件プレハブは人が居住できるようなものではなく、「山中義夫」なる表札は林が執行妨害のためになしたものであると判断し、林のみを相手に土地明渡し断行の仮処分を申立てることにした。これに対し、原告は、被告に対し、二四三番五ほかの土地についても原状回復の措置を講じるよう依頼した。しかし、被告は、原告に対し、林は二四三番五ほかの土地について持分六分の一を有しているので、相続人一人ではできず、相続人三名以上いることが必要であるから、仮処分の申請はできない旨の説明をした。被告は、同日、林に対し、内容証明郵便を送り、二六一番一ほかの土地の原状回復を申し入れた。そして、被告は、同月一九日、原告との間で本件仮処分委任契約を締結し、同月二一日、伊丹支部に本件仮処分を申立てた。同裁判所は、原告に一〇〇〇万円の担保を立てることを命じたので、被告は、原告の代理人として大阪銀行との間で支払保証委託契約を締結し、本件保証金を積んだ。そして、同裁判所は、同月二五日、本件仮処分決定をなしたので、被告は直ちに同裁判所執行官に本件仮処分執行を申立て、同執行官は、同月二八日、二六一番ほかの土地に赴いた。ところが、林は、本件プレハブを山中に賃貸しており、同人が居住している旨申立て、同執行官は、本件プレハブの占有状況を林の申立てのとおりに認定したので、結局、本件プレハブの撤去並びにその敷地部分及び公道に通じる通路部分の執行官保管の仮処分執行を行うことができず、残りの二六一番ほかの土地について執行官保管の仮処分執行を行った。(<書証番号略>、証人甲野敬子、証人甲野稔、証人乙川、原告第一回)。
4 第一の訴訟の控訴審の審理が始まる昭和六〇年一二月、被告は、原告に対し、控訴審の着手金として三〇〇万円を支払ってほしい旨申し入れた。原告は、被告との当初の約束とは異なる旨問い正したところ、被告は、「着手金と報酬を合わせて一八〇〇万円の総枠は変更しない、報酬一三〇〇万円を一〇〇〇万円に減額するので、控訴審の着手金三〇〇万円を支払ってほしい。」旨返答した。そこで、原告は、右三〇〇万円を支払うことを了承し、同月一〇日、被告との間で、原告と林らとの間の所有権移転登記請求控訴事件の処理につき、原告は被告に対し、着手金として三〇〇万円、報酬として一〇〇〇万円を支払う旨の契約書を作成した。そして、原告は、その後着手金三〇〇万円を三回にわたり被告に支払った。(<書証番号略>、証人甲野敬子、証人乙川、原告第一回)
5 昭和六一年四月以降、林は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地にブロックを積んでガレージのような建物を建てたり、敷地外周にトタン塀をはりめぐらしたりして右各土地の占有を完全に奪ってしまった。原告は、林の右行為について、被告に占有回復などの法的措置を依頼したが、被告は林にも権利がある以上仕方がない旨返答して原告の右依頼を受けようとはしなかった。(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回)
6 被告は、第一の訴訟の控訴審判決言渡後の昭和六二年三月一三日、原告に対し、河南艶子及び甲野衛の相続人との関係で第一の訴訟が確定したことの報酬として四〇〇万円を支払ってほしい旨申し入れた。原告は、当初の約束とは違う上、控訴審でも着手金として三〇〇万円を支払ったこと、本件仮処分によっても土地の全部の原状回復はできなかったにもかかわらず、被告から右のような請求をされたことにショックを受けた。しかし、原告は、ここで支払を拒むと今までの努力が無駄になると考え、被告に報酬として四〇〇万円を支払った。(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回)
7 原告は、第一の訴訟の上告審判決言渡後の昭和六二年九月二八日、被告から、右判決後のスケジュールとして、本件仮処分の担保取消決定申立ての概要説明、報酬六〇〇万円を同年一〇月三日午後二時に現金で被告事務所に持参されたい旨のお願い及び原告との委任契約は目的を達成して終了した旨の記載された「スケジュール」と題する書面の送付を受けた。原告は、被告との約束では一〇〇パーセント勝訴した場合には一三〇〇万円の報酬を支払うことになっていたにもかかわらず、実際には被告に委任した事務がまだ半分も終わっていなかったので、被告の右請求には納得できなかった。そこで、原告は、川西市役所や伊丹市役所で法律相談をしたところ、弁護士から、訴訟提起前に処分禁止の仮処分を申立てるべきであるのに申立てをしていないこと、明渡し断行の仮処分の際にも山中を当事者に加えていないという失敗をしていること、そのため訴訟で勝訴しても現実にプレハブを撤去することができないことなどの指摘を受けるとともに、このような場合には報酬は半分程度支払えば十分ではないか、着手金五〇〇万円程度の土地の争いに勝訴しても報酬は五〇〇万円くらいが妥当であるから二五〇万円くらいを呈示すればよい旨のアドバイスを受けた。右アドバイスを受けた原告は、本件不動産の登記名義の回復を望んで被告に対し、適切な措置を講ずることを求めたのに、二六一番ほかの土地建物についてしか登記名義の回復が実現せず、また、第一の訴訟の第一審判決言渡後に、林が突然、原告の立場からすれば不法な占有侵奪というべき行為をしたため、適切な占有回復の措置を講じることを求めたのに、本件仮処分を申立てるのみで完全な占有回復が実現されるには至らなかったことに著しく不満を感じた。そこで、原告は、被告に一切手を引いてもらうこととし、同年一〇月二日付の内容証明郵便で、被告に対し、被告の報酬請求の拒否及び被告を解任する旨の通知書を送付した。被告は、すでに本件仮処分につき、本案未提起を理由に、権利行使催告及び担保取消決定申立て、本件仮処分の取下げ及び執行解放の申請書などの書類を作成し、同月五日には伊丹支部に提出する予定であったが、原告から右通知を受けたので、被告は、原告に対し、同月三日付の内容証明郵便で報酬六〇〇万円の支払いを催促した。(<書証番号略>、証人甲野敬子、証人乙川、原告第一回)
8 原告は、その後、本件不動産に関する法的処理をE弁護士に依頼した。E弁護士は、原告を代理して、平成二年三月一五日、本件仮処分につき、本案勝訴判決の確定を理由に、第一の訴訟の第一審判決及び判決確定証明書を疎明資料として、伊丹支部に担保取消決定の申立てをした。ところが、同裁判所裁判官からE弁護士宛に電話があり、添付の疎明資料では本案訴訟の訴訟物とは認められないとして、右申立ての取下げの勧告がなされた。E弁護士は、原告が被告から本件仮処分の際、原告が勝訴すれば全額本件保証金が戻ってくる旨の説明を受けていたことから、原告を納得させる意味で却下決定をしてほしい旨同裁判官に申し入れた。これを受けた同裁判所は、同月二六日、右申立ての却下決定をなした。(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回)
9 E弁護士は、原告から受任を受けた後、直ちに弁護士法二三条の二の規定に基づき、伊丹市役所に対し、山中の外国人登録の有無について照会を試みた。その結果、山中は、本名「鄭義夫」、通称名「山中義夫」として外国人登録がなされている事実が判明した。E弁護士は、右結果を踏まえ、原告の代理人として、平成二年九月一三日、林及び山中を相手方として伊丹支部に対し、別紙物件目録(一)記載の土地、二四三番五ほかの土地、二六一番ほかの土地及び本件プレハブなどの地上建物につき、占有移転禁止等の仮処分を申請し(同庁平成二年(ヨ)第八六号事件)、同月二〇日、仮処分決定を得た(以下「第二の仮処分」という。)。ところが、林は、昭和六〇年九月一六日付けで山本清俊こと禹清俊(以下「山本」という。)に対し、本件プレハブを代金八〇〇万円で売却していたことが判明した。そこで、E弁護士は、原告の代理人として、平成三年七月一六日、林、山中及び山本を相手方として伊丹支部に対し、二六一番ほかの土地及び本件プレハブにつき、建物収去土地明渡し断行の仮処分を申立てた(同庁平成三年(ヨ)第四八号事件。以下「第三の仮処分」という。)が、同裁判所は、同年八月二一日、山本に対する本件プレハブの処分禁止を命じる限度で認容し、その余の申立てを却下する旨の決定をなした。(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回)
10 E弁護士は、原告の代理人として、平成二年一二月二五日、木田冨美子他九名を相手方として伊丹支部に対し、残りの不動産につき建物収去土地明渡し、持分移転登記手続等の訴訟を提起した(同庁平成二年(ワ)第二七八号事件。以下「第二の訴訟」という。)。これに対し、林は、同四年八月一八日、原告及びE弁護士を相手方として、第二の訴訟が不当訴訟であることを理由とする損害賠償及び原告の持分権の移転登記手続請求の反訴を提起した。また、木田末雄、木田光雄及び橘スズは、同五年三月四日、原告の持分権の移転登記手続請求の反訴を提起した。さらに、天津一子は、同年五月二八日、原告の持分権の移転登記手続請求の反訴を提起した。他方、第二の訴訟につき、同四年一月二一日、原告と河南明一及び河南艶子との間で、原告の所有権を認めることなどを内容とする和解が成立した。(<書証番号略>、原告第一回)
11 E弁護士は、原告の代理人として、平成二年、林及び山中を相手方として伊丹支部に対し、二六一番ほかの土地建物及び本件プレハブにつき建物収去土地明渡し等の訴訟を提起した(同庁平成二年(ワ)第二一三号事件)。さらに、E弁護士は、原告の代理人として、同三年一一月一日、山本を相手方として同裁判所に対し、本件プレハブ及びその敷地部分等につき建物収去土地明渡しの訴訟を提起し(同庁平成三年(ワ)第三六一号事件)、右各事件は併合審理となった(以下「第三の訴訟」という。)。そして、同裁判所は、同四年七月三〇日、第三の訴訟につき原告全面勝訴の判決を下した。これに対し、林らから控訴がなされた(大阪高等裁判所平成四年(ネ)第二〇五五号事件)が、同裁判所は、同五年二月三日、林らの控訴を棄却する旨の判決を下した。(<書証番号略>、原告第一回)
12 林は、平成三年八月一九日及び同年九月二七日、原告ら相続人を相手方として、尼崎支部に対し、上ヶ芝の土地を含む土地を対象として、それぞれ共有物分割訴訟を提起した(同庁平成三年(ワ)第二九八号、第三二四号事件)。(<書証番号略>)
二争点1(本訴書類引渡し請求の適法性)について
本件のように、ある特定物の引渡しを求める訴えについては、当該引渡しを求める目的物を何らかの形で具体的に特定することが必要である。
しかし、本件では、原告は、引渡しを求める目的物を「原告より預かり保管中の書類一切」とするのみで、具体的にいかなる書類の引渡しを求めているのか不明確であり、結局、原告の書類引渡し請求は、請求の特定に欠いているといわざるを得ない。
よって、原告の書類引渡し請求は、不適法として却下すべきものである。
三争点2(委任契約の範囲)及び争点3(着手金・報酬の返還請求)について
1 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、原告は、昭和五七年七月ころ、被告に対し、本件不動産全部について登記名義の回復の法的措置を講じることの依頼をしたこと、しかし、被告は、原告の所有権取得の立証が容易な二六一番ほかの土地建物について訴訟を提起する旨原告に説明し、原告の了承を得たこと、被告は、同年九月二五日、原告との間で着手金五〇〇万円、報酬一三〇〇万円とする本件訴訟委任契約書を作成して右契約を締結したこと、原告は、二回に分けて着手金五〇〇万円を被告に支払ったこと、被告は、その後、二六一番ほかの土地建物について第一の訴訟を提起したこと、被告は、第一の訴訟の控訴審開始のころの同六〇年一二月一〇日、原告との間で、控訴審係属中の二六一番ほかの土地建物に限定して、その限定した事件の処理のための着手金を三〇〇万円、報酬を一〇〇〇万円とする旨の合意をして委任契約書を作成したこと、原告はその後、三回にわたり着手金三〇〇万円を支払ったこと、原告は、第一の訴訟の控訴審判決後の同六二年三月一三日、被告から報酬として四〇〇万円の請求を受け、これを支払ったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、原告と被告との間で昭和五七年九月二五日、二六一番ほかの土地建物に限定して、林らを相手に所有権確認、所有権移転登記請求の訴訟を提起、追行することを委任事務とする本件訴訟委任契約が成立したといわざるを得ない。
2 原告は、不動産所有権訴訟の着手金・報酬の算定については、当該不動産の固定資産税評価額の三倍を時価としてこれを基準に算定するものであるところ、右基準をもとに本件不動産の着手金を算定すれば標準額は七八二万円、減額許容額は五四八万円であり、ほとんどの弁護士が標準額ではなく減額許容額で受任していることからすれば五四八万円が妥当な金額であること、ところが二六一番ほかの土地建物だけの着手金は減額許容額で三六四万円であること、被告が呈示した成功報酬一三〇〇万円は右妥当金額五四八万円の約2.37倍という異例に高額な金額であることを理由に、本件不動産全部について被告と委任契約が成立した旨主張する。
確かに、弁護士が着手金・報酬額を定める際、一般には日本弁護士連合会や単位弁護士会の定める報酬規定を基準にするものである点はそのとおりであろう。しかしながら、本来、着手金・報酬は弁護士と依頼者との合意によって定められるものであり、ただ、依頼者がどの程度着手金・報酬を支払えばよいのか、その額が妥当かどうかの判断ができないことから、右報酬規定を参考にするものと考えられる。したがって、原告及び被告との間で取り決められた着手金、報酬が報酬規定に照らし高額であったとしても、依頼者の社会的地位、資力、事件の難易、係争物の価格などの諸事情を総合考慮して、それが暴利行為と評価される場合でない限りは右合意は有効というべきである。本件では、被告の定めた着手金は、報酬規定に照らし高額であるとはいえないし、報酬についても事件の難易及び一審、二審、上告審を含めていると理解すれば、報酬規定に照らし必ずしも高額とはいえないと認められる。以上によれば、本件訴訟委任契約における着手金・報酬の定め方から、本件不動産全部について原告及び被告間で委任契約が成立したことを推認することはできないというべきである。原告の主張は採用することができない。
3 そうすると、被告は、二六一番ほかの土地建物に限定して原告と本件訴訟委任契約を締結し、本件訴訟委任契約に基づき、原告から着手金として五〇〇万円、控訴審の着手金の名目で三〇〇万円、控訴審の勝訴判決が一部確定したことの報酬の名目で四〇〇万円の合計一二〇〇万円を受領し、また、後記九において述べるとおり、第一の訴訟は最高裁判決によって原告勝訴判決が確定し、本件訴訟委任契約における委任事務は、その目的を達成して終了したと認められるから、その後、原告が本件不動産全部について被告と委任契約が成立したことを前提に、被告の債務不履行を理由に被告を解任しても、もはや既払いの着手金・報酬の一部の返還を請求することはできないといわなければならない。
よって、争点3に関する原告の主張は理由がない。
四争点4(争点2の委任契約上の被告の債務不履行)について
1 前記三において認定したとおり、被告は、二六一番ほかの土地建物に限定して原告と本件訴訟委任契約を締結したことが認められるから、被告が残りの不動産について訴訟提起などの法的措置を講じなかったとしても、被告に本件訴訟委任契約上の善管注意義務違反があるということはできない。
2 そこで、さらに進んで被告の債務不履行の有無について検討する。
思うに、依頼者が弁護士に悩み(事件)の解決を依頼する場合、通常、依頼者の弁護士に対する法律相談、依頼者からの事情聴取、資料などの分析・検討、弁護士による法的助言・指導(アドバイス)という過程を経るものであり、右アドバイスには、弁護士において依頼者の抱えている悩み(事件)を解決する方法として訴訟提起などの法的手続を選択することも含まれるものである。もっとも、依頼者の事件依頼に対し、弁護士は事件を受任するか否かの自由を有するものであるから、右アドバイスをする前に受任を断る場合もあろう。しかし、弁護士は、基本的人権の擁護及び社会正義の実現を使命とし(弁護士法一条一項)、依頼者のために誠実に職務を行う(同条二項、三条一項)とされていること、また、弁護士は極めて高度の専門的・技術的な法律知識・経験を有するものであって、依頼者は、かかる弁護士を信頼して自らの法的悩みの解決を相談・依頼するものである。そして、同法二九条は、弁護士は事件の受任を断る場合には、速やかにその旨を依頼者に通知しなければならない旨規定しており、右規定は、弁護士の法律専門家としての地位、依頼者の弁護士に対する信頼などからすれば当然の規定であるといえる。そして、依頼者(相談者)と弁護士との法律相談は、それ自体弁護士が依頼者に対し、当該相談に対する法的助言・指導などのアドバイスというサービスを提供し、依頼者はその対価として相談料を支払うことを内容としていることに鑑みれば、法律相談自体、委任又は準委任契約(法律相談契約)とみることができる。以上の諸点に鑑みれば、依頼者の法律相談を受けた弁護士が、依頼者の事件依頼を受任しない場合には、速やかにその旨を依頼者に通知するとともに、他の弁護士に法律相談することを勧めたり、依頼者が自ら事件を解決するための方策を教えるなどして、依頼者が当該事件について速やかに何らかの法的措置を講じたり、解決できるようにするために助言・指導(アドバイス)をする義務があるというべきである。そして、弁護士が右義務に違反し、その結果依頼者に不測の損害を与えた場合には、弁護士は、法律相談契約上の善管注意義務違反による債務不履行として右損害を賠償する義務を負うというべきである。
3 これを本件についてみるに、前記一の認定事実によれば、原告が被告に対し、昭和五七年七月ころ、本件不動産の全部について所有権の取戻しなどについての法律相談を行った事実が認められる。そして、証拠(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、第一の訴訟の提起の前後にわたり、被告に対し、残りの不動産についても法的措置を講じてほしい旨依頼したが、被告は順番に行うなどと言ったままであったこと、原告が被告から事件受任の範囲は二六一番ほかの土地建物のみであると言われたのは、原告が被告を解任して本件紛争が発生した後であること、第一の訴訟の提起から第二の訴訟の提起まで約八年が経過していること、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告は、原告から本件不動産の全部について所有権の取戻しについての法律相談を受け、法的措置を講じることの依頼を受けたにもかかわらず、二六一番ほかの土地建物についてのみ事件の依頼を受けて訴訟を提起し、残りの不動産については本件紛争が生じるまでの間、一度も原告に対し、受任しない旨の通知をしないばかりか、本件紛争が生じるまでの約五年間、原告に対し、他の弁護士をして何らかの法的措置を講じる機会を与えないまま漫然と放置したことを推認することができる。被告のかかる態度は、原告との法律相談契約における善管注意義務に違反したものであるといわざるを得ない。
被告は、本件訴訟委任契約の締結から本訴の提起まで実に一〇年近い年月が経過しているにもかかわらず、その間、原告及び被告との間で残りの不動産につき委任の話は全く出ていないのであり、そのようなことは現在の契約社会における社会通念上、極めて不自然である旨主張する。しかしながら、前記認定事実によれば、原告は、被告に対し、残りの不動産についても所有権回復などの法的措置を講じることを依頼したが、被告は、「順番にやります。」などと言って、右依頼受任の諾否の通知を原告にしなかったため、原告は、被告が右依頼を受任したものと信じ、原告の被告に対する解任通知のなされた昭和六二年一〇月三日までの約五年間、原告は残りの不動産についてそのまま放置したことが推認されるのであり、以上の事実に照らすと、被告の右主張は採用することができない。
また、被告は、原告の持参した資料(登記簿謄本)などの分析により残りの不動産の所有権が原告に属するとは考えられないと判断し、残りの不動産につき原告の依頼を受けなかった旨主張する。しかしながら、仮に、被告の主張するとおりであるとしても、前記認定事実のとおり、被告は、原告に対し、原告の依頼を受けない旨の通知をしなかったことが推認されることに照らすと、被告の主張は、前記判断を左右するものではない。
4 よって、被告は、原告に対し、法律相談契約上の債務不履行に基づき、原告が被った損害を賠償する義務があるというべきである。
五争点5(本件仮処分委任契約上の債務不履行の成否)について
1 本件仮処分の際、山中を当事者に加えなかった点について
(一) 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、林は、第一の訴訟の第一審判決後の昭和六〇年九月一四日、二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地に土砂を入れて各土地上に本件プレハブを含めてプレハブを計二棟建築して占有を始めたこと、原告は、直ちに右状況及び本件プレハブに山中の表札がある状況を写真撮影し、同月一六日、被告事務所に持参して被告に右事態を説明するとともに、右各土地の占有回復の措置を講じることを依頼したこと、被告は、二六一番ほかの土地について明渡し断行の仮処分を申立てることとし、山中の住民票の写しの交付を川西市役所に請求したところ、住民登録がない旨の回答があったこと、そこで、被告は、原告に対し、山中の住所を調べるよう依頼したが、結局、山中の住所は判明しなかったこと、被告は、本件プレハブにおける山中の表札は林の執行妨害によるものであり、本件プレハブには電気・ガス・水道がないことなどから山中の居住の事実はないと判断し、林のみを相手方として、明渡し断行の仮処分を申立てることとして、同月一九日、被告との間で本件仮処分委任契約を締結したこと、被告は、右契約に基づき同月二一日、本件仮処分を申請したこと、以上の事実が認められる。
(二) 右認定事実をもとに、被告の債務不履行の有無について検討する。
不動産の明渡しなどの断行の仮処分を申立てる場合、通常、第三者の執行妨害が予想されるものであることは、弁護士としては当然認識して然るべきものであろう。したがって、弁護士が、依頼者の相談を受けて不動産の明渡しなどの仮処分申立ての措置を講じることを決定した場合には、依頼者からの事情聴取や資料分析、また弁護人自らの資料入手、分析などをすることにより、当該不動産の占有状況や占有当事者の特定などを把握、確定し、当該仮処分を申立てることによって、執行妨害をも排除して暫定的な占有回復又は現状の変更禁止などの初期の目的を十分達成しうるよう、万全の準備、態勢を整える義務があるというべきである。そして、本件では、被告は、二六一番ほかの土地及び本件プレハブについて、明渡し断行の仮処分を申立てることとし、原告と本件仮処分委任契約を締結したのであるから、被告は、右契約上の義務として、本件仮処分が初期の目的、すなわち、暫定的な占有の回復という目的を十分達成しうるように、万全の準備、態勢を整える義務があるというべきである。
これを本件についてみるに、前記(一)の認定事実のとおり、被告は、本件プレハブに山中の表札がかかっていることは十分認識していたのであるから、たとえ、本件プレハブが人の居住できるような構造ではなかったとしても、事実上の占有によって執行妨害をし、又は妨害をするおそれがあることは十分予想できたはずである。したがって、このような場合、被告は、山中の占有という一事によって本件仮処分の執行ができなくなるという事態を回避すべく、山中をも本件仮処分の相手方にすることにより、本件仮処分の目的、すなわち、暫定的な占有の回復という効果を十二分に達成できるよう万全の準備・態勢を整える義務があったというべきである。にもかかわらず、被告は、右の点を看過し、漫然と本件プレハブ内に山中が居住している事実はないと判断し、山中を仮処分の相手方に加えないまま本件仮処分決定を得た結果、本件仮処分執行の際、執行官において、山中が本件プレハブを占有している旨認定されて本件プレハブの撤去並びに本件プレハブ敷地部分及び通路部分の明渡し執行をなすことができず、仮処分の目的を達成することができなかったのであるから、被告に本件仮処分委任契約上の善管注意義務に違反した債務不履行があるといわざるを得ない。
(三) 被告は、本件プレハブの表札にあった「山中義夫」なる人物は存在せず、本名は「鄭義夫」であること、山中は住民登録されていないし、被告が原告に山中の住所を調べるよう指示したにもかかわらず、原告は山中の住所を被告に知らせなかったので、住所の判明しない人物であるが故にその存在自体すらも疑い、短い時間における十二分な検討の結果、林のみを相手方とする仮処分を申請したのであり、被告に債務不履行の事実はない旨主張する。
確かに、緊急を要する仮処分手続にあっては、弁護士は限られた時間内で依頼者から提供された資料や情報、弁護士自ら入手した資料を分析・検討し、その資料をもとに仮処分を申請しなければならない場合もあるであろう。しかしながら、不動産・特に建物を不法に占有する事態においては、当該占有者が占有場所(建物)を住所地として住民登録していることは極めて希であると考えられるのであり、このことは法律専門家たる弁護士としては当然認識していなければならない事柄であるはずである。そして、このような場合、当該占有者の住民票の写しや外国人登録事項証明書、又は弁護士法二三条の二に基づく照会に対する回答書がなかったとしても、弁護士は、何らかの疎明資料によって当事者(特に居所)を特定することができるはずであり(例えば、表札のかかった建物の写真、当該占有建物の所在場所を示す登記簿謄本や固定資産税評価証明書、地図など)、また、裁判所も当該占有者に対する仮処分決定をすることができるのである。そして、仮処分の執行の段階において、当該占有者の氏名が仮処分決定における当事者の表示と異なっていたとしても、執行官において同一人物と認定できるかぎり、そのまま執行することが可能であり、また、申立人又は代理人弁護士において仮処分決定の更正決定を申立てることもできるのである。以上の諸点及び前記一の認定事実によれば、本件仮処分申立ての際、被告において、現場の写真及び二六一番ほかの土地の登記簿謄本などから山中の氏名・居所など当事者として特定することは十分できたことが認められるのであり、右の点を看過して山中を当事者に加えないまま本件仮処分を申立てた被告に、本件仮処分委任契約上の善管注意義務違反があることは明らかである。被告の主張は採用することができない。
また、被告は、本件仮処分委任契約書には、相手方として林しか記載されていないから、山中を相手方とすることまでは受任していない旨主張し、これに沿う証人乙川登喜子の証言がある。しかしながら、本件仮処分委任契約締結に至る経緯に照らせば、本件仮処分委任契約書に山中の名前が記載されていないとしても、被告の債務不履行責任を免れることはできないといわなければならない。被告の主張は採用することができない。
(四) そうすると、被告が本件仮処分の際、山中を当事者に加えなかった点に本件仮処分委任契約上の善管注意義務違反による債務不履行があるというべきであり、被告は、右債務不履行によって原告の被った損害を賠償する義務があるというべきである。
2 本件仮処分執行後の措置について
(一) 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、被告は、本件仮処分によって執行できなかった本件プレハブ並びにその敷地部分及び公道に通じる通路部分について、その後、何らの法的措置を講じなかったどころか、原告と法的措置を講じる方策などの善後策を協議することもなかったこと、本件仮処分執行後、第一の訴訟は林らの控訴により大阪高裁に係属中であったこと、被告は、二六一番ほかの土地について林に対する建物収去土地明渡しの、山中に対する建物退去土地明渡しの訴訟を提起しなかったこと、以上の事実が認められる。
(二) 右認定事実をもとに、被告の債務不履行の有無について検討する。
思うに、不動産明渡しの断行の仮処分手続の依頼を受けた弁護士が、右依頼によって当然に、建物収去土地明渡しなどの本案訴訟の提起の委任義務まで委任されたものと解することはできないというべきである。なぜなら、弁護士は、依頼者との関係では、仮処分手続や本案訴訟などの手続ごとに着手金、報酬を受けることができるとされており、また、各手続ごとに費用を要することを考えれば、各手続ごとに個別の委任を要すると解されるからである。もっとも、依頼者の立場からみれば、仮処分手続と本案訴訟手続の区別を知らない者が少なくなく、依頼者の関心事は結局、依頼の目的(不動産の明渡し)を達することかできるかどうかにあるのであるから、不動産の占有の回復について弁護士に相談に行き、不動産明渡し断行の仮処分や占有移転禁止又は処分禁止の仮処分の申立てを依頼した者は、弁護士に対し、不動産の占有回復に向けて種々の法的措置を講じてくれることを期待しているのが普通であろう。一方、依頼を受けた弁護士が、将来本案訴訟を提起したり、話し合いで解決を図ったりすることを前提にしないで、単に仮処分手続だけを受任するということは余程の事情がない限り考えられない。そうだとすれば、不動産明渡しの断行の仮処分手続の委任を受けた弁護士は、法律業務の専門家として、右委任の一内容として、仮処分手続業務以外に、本案訴訟の提起や新たな仮処分手続を講じることなど、究極的な事件の解決を図る方策を依頼者に説明し、依頼者の負担となる費用や着手金・報酬の額、不動産の占有の回復の可能性の程度、その手段を採ることの難易等の情報を提供し、依頼者が不動産の占有の回復に向けて、いかなる手段を具体的に講じるかを決めるための助言・指導(アドバイス)をする義務があるというべきである。そして、弁護士が右アドバイスをする義務に違反して依頼者が損害を被った場合には、委任契約上の善管注意義務違反による債務不履行として右損害を賠償する義務を負うというべきである。
これを本件についてみるに、前記(一)の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件仮処分執行後、仮処分執行のできなかった本件プレハブ並びにその敷地部分及び通路部分について、改めて林及び山中を相手方とする建物収去土地明渡し断行の仮処分を申立てること、その容易さなどを原告に説明しなかったこと、被告は、林らを相手方とする二六一番ほかの土地及び本件プレハブについての建物収去土地明渡しなどの本案訴訟を提起しないと最終的な解決を図ることができないこと、本件仮処分の執行の時点では、第一の訴訟の控訴審が係属中であり、二六一番ほかの土地建物の所有権が原告にある旨の第一審判決がなされていたのであるから、右控訴審において、林に対する建物収去土地明渡し請求を追加したり、また、林らに対する建物収去土地明渡しなどの別訴を提起することは容易であったことが推察されるにもかかわらず、被告は、その容易さなどを原告に説明しなかったこと、その後、被告は、原告と何らかの善後策を協議したことはないこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告は、原告に対する前記アドバイスを怠ったといわざるを得ず、本件仮処分委任契約上の善管注意義務に違反した債務不履行があるというべきである。
(三) 被告は、原告に対し、本件仮処分によって執行できなかった二六一番ほかの土地上のプレハブ並びにその敷地部分及び通路部分について、「依頼があれば何時でも本訴を提起する用意がある。」ことを十二分に説明した旨主張する。しかしながら、この点に関し、証人乙川登喜子は「忘れました。」という証言をしていることに照らすと、被告が原告に対し、右の説明をしたかどうか疑問があるといわざるを得ず、他に被告が右説明をした事実を認めるに足りる証拠はない。被告の主張は採用することができない。
また、被告は、わずか五〇万円の着手金で本件仮処分によって三五〇〇平方メートルを上回る膨大な土地の占有が回復されるに至ったのであり、現在の日本の裁判の建前からすれば、占有回収の訴えによってその占有を回復するには、第一審、第二審、上告審を通じて多大の労力と費用を要することを合わせ考えれば、被告は慈善事業にも等しいサービスに及んでいる旨主張するが、そもそも主張自体失当である。
(四) そうすると、被告は、本件仮処分委任契約上の右アドバイスをする義務に違反したことによって原告が被った損害を賠償する義務があるというべきである。
3 二四三番五ほかの土地について仮処分を申立てなかった点について
(一) 前記一の認定事実、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、林は、第一の訴訟の第一審判決後の昭和六〇年九月一四日以降、二四三番五ほかの土地に土砂を入れてプレハブを建築し、右土地の占有を始めたこと、原告は、二六一番ほかの土地の場合と同様に、右状況を写真撮影し、写真を被告事務所に持参して被告に対し、二四三番五ほかの土地の占有回復の措置についても依頼したこと、本件仮処分申請当時、二六一番ほかの土地については原告に所有権がある旨の第一の訴訟の第一審判決があったもの、二四三番五ほかの土地についてはそのような判決が存在しなかったこと、二四三番五ほかの土地については林のため持分六分の一の持分移転請求権仮登記が経由されていたこと、そのため、被告は原告に対し、林にも権利がある以上仕方がない旨返答して原告の右依頼を受けようとしなかったこと、以上の事実が認められる。
(二) 被告は、本件仮処分委任契約締結に先立ち、原告から二四三番五ほかの土地の占有回復措置についての法律相談を受け、占有回復措置についての依頼をされ、その後、被告は、二六一番ほかの土地についてのみ原告と本件仮処分委任契約を締結したのであるから、被告は、本件仮処分委任契約の付随義務として、前記四2で説示したとおり、原告に対し、二四三番五ほかの土地の占有回復措置の依頼を断る場合には、速やかにその旨を通知するとともに、原告が速やかに何らかの法的措置を講じたり、解決できるようにアドバイスをする義務を負っているというべきである。
これを本件についてみるに、右(一)の認定事実によれば、被告は、原告に対し、二四三番五ほかの土地について、登記簿上、林のため、六分の一の持分移転請求権仮登記が経由されており、林にも権利があるので仕方がない旨説明して原告の占有回復措置の依頼を断ったことが認められる。しかしながら、前記一の認定事実、前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の右依頼を断った後、二四三番五ほかの土地の占有回復措置について、原告に対し、善処策についての何らかのアドバイスをしたことはなく、他に被告が原告に右アドバイスをしたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) そうすると、被告は、原告に対する右アドバイスを義務を怠ったと推認せざるを得ず、被告に本件仮処分委任契約上の債務不履行があるというべきである。
よって、被告は、原告に対し、右アドバイスをする義務の違反によって原告が被った損害を賠償する義務がある。
六争点7(本件仮差押の違法性)について
1 思うに、仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意又は過失があったときは、右申請人は民法七〇九条により、被告申請人がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務があるというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のない限り、右申請人において過失があったものと推定するのが相当である(最高裁昭和四三年一二月二四日判決・民集二二巻一三号三四二八頁参照)。そして、右の理は、仮処分命令又は仮差押(以下「保全処分」という。)が、保全の必要性が存在しないために、後日異議もしくは上訴手続において取り消された場合にも妥当すると解するのが相当である。なぜなら、保全処分は、仮の地位を定める仮処分の場合を除き、原則として、債権者の主張、疎明資料のみで審理し、決定を行うという迅速性、密行性に鑑みれば、保全処分が、事後の不服申立手続において、その被保全権利の不存在によって取り消された場合と保全の必要性の不存在によって取り消された場合とで別異に解する理由はないからである。
2 これを本件についてみるに、証拠(<書証番号略>)及び前記争いのない事実によれば、原告は、本件仮差押について保全異議を申立て、大阪地方裁判所は、平成三年七月二三日、保全の必要性がないことを理由に、保全異議を認容して本件仮差押を取り消したこと、保全抗告審である大阪高等裁判所も、同年一二月一九日、原審の判断を支持して保全抗告を棄却し、原告の決定は確定したことが認められる。
以上によれば、他に特段の事情のない限り、本件仮差押につき被告に過失があったものと推定されるというべきである。
3 そこで、さらに進んで右特段の事情の有無について判断するに、被告はこの点につき、本件訴訟を通じて右特段の事情の有無について別段主張立証をしていない。それどころか、かえって、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、本件仮差押当時、原告は遺産分割の対象から除外されている不動産、すなわち、二六一番ほかの土地建物を所有していたこと、被告は、自ら本件仮差押前に二六一番ほかの土地について不動産鑑定士に時価の鑑定を依頼し、時価約一三億円の評価がなされていたこと、原告は二六一番ほかの土地建物につき何ら担保権の設定を受けていないこと、原告は、本件不動産のほかに賃貸用マンション二棟を所有しており、相当の賃料収入を得ていたこと、右当時、原告がその所有財産を隠匿したり処分するような事情、恐れは存在しなかったこと、被告は弁護士であり、本件仮差押申立て当時、原告の右財産状況について容易に調査することができる立場にあったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告は第一の訴訟の報酬残金六〇〇万円を保全するため、本件仮差押をする必要性は存しなかったのであり、かつ、そのことを容易に認識し得たというべきであり、それにもかかわらず、被告は、原告の財産状況を調査することなく、漫然と保全の必要性がある旨主張して、本件仮差押を申立てたのであり、被告に過失があると評価さぜるを得ない。
4 よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、本件仮差押によって被った原告の損害を賠償する義務があるというべきである。
七争点8(第一の訴訟における被告の弁論活動の違法性)について
1 思うに、依頼者の依頼を受けて訴訟代理人として活動する弁護士は、依頼者の利益を擁護するため、最も適切と思われる手段、方法をもって依頼者の主張を法的に整理し、また、法的に根拠づけて訴訟活動をするものであるが、弁護士の職務の専門性・技術性ゆえに弁護士がどのような訴訟活動を行うかは本来自由に決定できるものであり、広範な裁量に属するものというべきである。もっとも、弁護士の右裁量も無制限なものではなく、依頼者の利益の擁護者という弁護士の性格に鑑みれば、依頼者の利益に反してまで訴訟活動を行うことは、右裁量を逸脱した違法な行為と評価せざるを得ず、その結果、依頼者が不測の損害を被った場合には、弁護士は、債務不履行又は不法行為に基づき、依頼者の右損害を賠償する義務を負うというべきである。
2 これを本件についてみるに、証拠(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、第一の訴訟の提起の前後を通じて一貫して、被告に対し、上ヶ芝の土地の所有権は原告にある旨主張し、その所有権取得経過を詳しく説明したこと、被告は、「原告は、上ヶ芝の土地の所有権を有していると考えたことは一度もない。」旨の準備書面を原告の代理人として作成し、第一の訴訟の第一審口頭弁論期日において提出・陳述したこと、第一の訴訟は二六一番ほかの土地建物が対象であったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告の右準備書面における主張は、原告が被告に説明した事実と異なることは明らかであるが、被告の右準備書面は、第一の訴訟における争点、すなわち、二六一番ほかの土地建物の所有権の帰属とは異なる点についての主張であることに照らすと、右準備書面における主張が原告の説明と異なることの一事をもって、被告の右行為が、第一の訴訟における訴訟活動の裁量の範囲を逸脱したと評価することは困難であるといわざるを得ない。そして、被告が第一の訴訟における訴訟活動の裁量の範囲を逸脱した行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。
3 よって、争点8に関する原告の主張は理由がない。
八争点10(反訴のうち確認の訴えの利益の存否)について
1 そもそも、確認の訴えにおいては、いわゆる確認の利益が必要であるところ、確認の訴えは、それによって確認される権利又は法律関係が、法律上保護に値するだけの具体的ないし現実的なものであると認められることを要するから、かかる利益が存在しない場合には、確認の利益を欠き、不適法として却下すべきである。
2 これを本件についてみるに、被告が求めている確認の訴えは、本件保証金の担保取消申立ての代理権及び大阪銀行から本件定期預金の払戻しを受ける権利を有することの確認を求めるものであるところ、右訴えによって保護される被告の利益は、被告の六〇〇万円の報酬残金請求権と、被告が、後日、本件定期預金の払戻しを受けることにより、原告が被告に対して取得する一〇〇〇万円の返還請求権とを対等額で相殺することによる被告の前記報酬請求権の回収にあると解される。
そこで、以下検討するに、確かに、弁護士が保全処分の委任を受けた場合、弁護士は、右委任事務の一内容として、依頼者を代理して保証金を供託したり、銀行との間で支払保証委託契約を締結するものであり、その際の供託書原本や預金通帳は、通常、事件の解決・終了に至るまで弁護士が保管するものである。そのため、その後、弁護士が依頼者を代理して保証金の取戻しを行い、依頼者に保証金を返還する際、弁護士は、自己の着手金、報酬及び実費等(以下「弁護士費用」という。)を差し引いた残額を依頼者に返還することによって、金銭の清算を行うことはよくあるところである。しかしながら、弁護士は、便宜上、右のような扱いをしているにすぎず、依頼者が弁護士に保全処分を委任し、その際、依頼者が弁護士に預託して供託ないし支払保証委託のされた保証金が直ちに、将来発生すべき弁護士費用の担保に供されたことになると解することはできないというべきである。なぜなら、依頼者とすれば、弁護士に預託した保証金は、保全処分が取消されない限り、事件の終了とともに全額返還されるものと考えているのが通常であり、右保証金が直ちに、弁護士費用の担保になると解することは、依頼者のかかる意思を無視した結果になるばかりか、依頼者の弁護士に対する信頼をも著しく損ねる結果になりかねないからである。
また、そもそも、依頼者は、弁護士に付与した訴訟手続等の代理権を何時でも解任(解除)することができるのであり、依頼者からやむを得ない事由がないのに代理人を解任されたことによって弁護士が損害を被ったとしても、依頼者の弁護士解任権自体を制約することはできないのである(民法六五一条参照)。そして、前記争いのない事実によれば、原告は昭和六二年一〇月三日、被告に対し、すべての事件に関し被告の代理権を解任する旨の意思表示をし、これにより被告は、本件仮処分及び担保取消決定の申立ての代理権を喪失したことが認められる。そうすると、依頼者たる原告が弁護士たる被告を解任した後は、被告が原告の代理人としての権限で、担保取消決定の申立てをして本件保証金の取戻しを受けることはできないのであるから、被告の主張する条件付き返還請求権なる権利が発生する余地はないというべきである。
3 被告は、大阪弁護士会報酬規定八条において、依頼者が弁護士報酬又は立替費用等を支払わないときは、弁護士は、依頼者に対する金銭債務と相殺することができる旨定められていることを根拠に、相殺を主張するものと解される。
しかしながら、右規定は、大阪弁護士会内部における報酬のあり方などの規律を定めたものと解され、直ちに依頼者を拘束するものではないから、対依頼者との関係では、法律上の効力を持つものではないというべきである。
4 以上の点からすれば、被告の主張する相殺による報酬請求権の回収は、事実上なしうるものであるにすぎず、法律上保護に値する利益であると認めることは到底できないというべきである。
そうすると、被告の反訴のうち確認の訴えは、確認の利益を欠く不適法なものであり、却下すべきである。
九争点11(被告の残報酬請求の可否)について
1 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、原告は、昭和五七年九月二五日、二六一番ほかの土地建物に限定して被告との間で、着手金五〇〇万円、報酬一三〇〇万円との約定で本件訴訟委任契約を締結し、着手金五〇〇万円を支払ったこと、同六〇年一二月一〇日、原告及び被告は、右契約の着手金を八〇〇万円(既払いの五〇〇万円を含む。)、報酬を一〇〇〇万円と変更する旨合意し、原告は、着手金の残金三〇〇万円、報酬の一部四〇〇万円を被告に支払ったこと、本件訴訟委任契約書には事件の表示として「所有権確認・所有権移転登記請求訴訟事件」と記載され、同六〇年一二月一〇日付の契約書にも事件の表示として、「大阪高等裁判所昭和六〇年(ネ)一七五四、一七七九、二〇九八号控訴人林判正外三名に対する所有権移転登記請求控訴事件」と記載されていること、同六二年九月二四日の最高裁判決により、第一の訴訟の原告全面勝訴、すなわち、原告への持分権移転登記手続をすることを命ずる判決が確定したこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、本件訴訟委任契約における被告の委任事務は、第一の訴訟における原告全面勝訴の判決を獲得するところにあると解されるところ、被告は、右最高裁判決による原告全面勝訴判決の確定により、本件訴訟委任契約における委任事務を成し遂げたのであるから、本件訴訟委任契約に基づき、原告に対し、六〇〇万円の残報酬請求権を取得するに至ったというべきである。
原告は、被告の定めた報酬額は、弁護士会の報酬規定に照らし、異例に高額である旨主張するが、右主張が理由のないものであることは、前記三2で説示したとおりである。
なお、被告は、原告との間で、報酬残金六〇〇万円を昭和六二年一〇月三日限り支払う旨の合意が成立した旨主張する。しかしながら、証拠(<書証番号略>、証人乙川、原告第一回)によれば、被告は、原告に対し、「スケジュール」と題する書面で報酬残金六〇〇万円を同年一〇月三日午後二時に現金で支払ってほしい旨申し入れただけであり、原告が右申し入れを了承するどころか、かえって、原告は、同年一〇月二日付けの内容証明郵便で被告の債務不履行を理由に被告を解任する旨の通知書を被告に送付したことが認められるから、被告と原告との間に、同年一〇月三日限り六〇〇万円の報酬残金を支払う旨の合意が成立した事実を認めることはできない。
2 そこで、さらに進んで、本件事案において、被告が六〇〇万円の残報酬請求権を行使することの是非について検討する。
(一) 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、原告は、二六一番ほかの土地建物を含めた本件不動産全部の所有権の回復の措置を講じることを被告に依頼したが、被告は、二六一番ほかの土地建物についてのみ原告の依頼を受けて第一の訴訟を提起したこと、被告は、原告に対し、残りの不動産について原告の依頼を受けない旨の通知をしなかったこと、第一の訴訟の第一審判決後、林が二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地に土砂を搬入して本件プレハブなどを建築して占有したので、原告は、被告に対し、右各土地の占有回復の措置を講じることを依頼したが、被告は、二六一番ほかの土地についてのみ明渡し断行の仮処分を申請することとし、二四三番五ほかの土地については原告に善処策のアドバイスをしなかったこと、被告は、右仮処分申請の際、山中を相手方に加えなかったため、本件プレハブの撤去及びその敷地部分と公道に通じる道路部分の明渡しの仮処分執行をすることができなかったこと、被告は、本件仮処分執行後、原告に対し、本件仮処分によって執行できなかった部分の仮処分申請や建物収去土地明渡しの本案訴訟の提起などのアドバイスをしなかったこと、第一の訴訟の最高裁判決によっても、原告は、本件不動産全部の所有権の回復及び占有の回復の目的を達成することができないばかりか、本件仮処分申請の際、提供した一〇〇〇万円の本件保証金について、未だに担保取消決定を得ることができず、本件保証金の取戻しができない状態にあることに著しい不満を抱き、結局、被告を解任するに至ったこと、以上の事実が認められる。
(二) 被告は、本件保証金の取戻しに関して、第一の訴訟の最高裁判決後、本案訴訟の未提起を理由に民訴法一一五条三項所定の権利行使の催告を経て担保取消決定を得る準備をしていたのであり、本件保証金一〇〇〇万円は原告に返還されることになっていた旨主張する。
確かに、証拠(<書証番号略>、証人乙川)によれば、被告は、本案訴訟の未提起を理由として、権利行使催告の申立書、本件保証金の担保取消決定の申立書、本件仮処分の取下げ及び執行解放申請書などを作成し、昭和六二年一〇月五日に伊丹支部に提出する予定であったことが認められる。しかしながら、本案訴訟を提起しないというだけでは、仮処分執行による明渡しの仮の法律状態、すなわち、仮処分債務者(林)の損害発生の状態が継続したままであるから、同法一一五条三項のいう「訴訟ノ完結」には該当せず、同条項によって本件保証金の担保取消決定を申立てることはできない。もっとも、被告は、前記のとおり、本件仮処分の取下げ及び執行解放申請書を作成していたのであるから、これによって、明渡しの仮処分執行ができた部分の占有を再び林に取得させるならば、同条項により本件保証金の担保取消決定を申立てることが可能になる。しかしながら、被告が、二六一番ほかの土地に関し、本件仮処分の取下げ及び執行解放をすることは、債権者、すなわち原告の意思に反することになることは明らかであるから、本件仮処分の取下げ及び執行解放を申請すれば、それ自体、被告の債務不履行ないし不法行為を構成する結果になりかねず、結局、被告が本案訴訟の未提起を理由に本件保証金の担保取消決定を申立てることはできなかったというべきである。
よって、被告の主張は採用することができない。
(三) 右認定事実によれば、被告には、本件訴訟委任契約に関連して、また、本件仮処分委任契約に基づき、種々の債務不履行の事実が存するのであり、このような事情のもとで被告が原告に対し、六〇〇万円の報酬残金の請求をすることは、クリーンハンズの原則に反するものといわなければならず、信義則上、到底許されないというべきである。
3 よって、被告が原告に対し、六〇〇万円の報酬残金を請求することはできない。
一〇争点12(原告の詐欺)について
1 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、原告は、被告の債務不履行によって、本件不動産の所有権が回復しないばかりか、二六一番ほかの土地の一部や二四三番五ほかの土地の占有が回復されなかったにもかかわらず、被告から報酬残金六〇〇万円の請求を受けたことに著しい不満を抱き、昭和六二年一〇月二日付けの内容証明郵便で被告を解任する旨の意思表示をするとともに、報酬残金の支払いを拒否する旨通知したことが認められる。
右認定事実によれば、原告の解任通知の事実をもって、原告が当初から報酬残金を支払う意思がないのに、その意思があるように装って、被告に第一の訴訟を受任・追行させたとは到底認められない。そして、本件全証拠によるも、被告の主張するような原告の詐欺の事実を認めることはできない。
2 よって、争点12に関する原告の主張は理由がない。
一一争点13(原告の定期預金名義変更行為の違法性)について
1 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、被告は、原告の代理人として大阪銀行との間で本件保証金の支払保証委託契約を締結したこと、本件保証金は原告が出捐したものであること、本件定期預金の名義は「甲野一郎代理人弁護士乙川次男」となっていること、原告は、昭和六二年一〇月三日、被告を解任する旨の意思表示をしたこと、原告は、平成二年二月、大阪銀行に対し、本件定期預金の名義を原告に変更する旨の届出をなし、新しい定期預金通帳の交付を受けたこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、本件定期預金の契約者は原告であるから、原告が本件定期預金をどのように使用又は処分するかは、大阪銀行との間の支払保証委託契約に反しない限り原告の自由であり、原告が被告に無断で本件定期預金の名義変更手続をしたからといって、それが直ちに被告に対する不法行為になるということはできない。
2 被告は、原告が被告に無断で本件定期預金の名義変更行為をしたことによって、原告が被告に弁護士報酬を支払わない場合に、被告が自ら担保取消決定を得て大阪銀行より本件定期預金の払戻しを受けた際に負担する被告の原告に対する一〇〇〇万円の条件付き返還債務を受働債権として、被告の六〇〇万円の残報酬請求権と対等額で相殺しうる期待権を侵害した旨主張する。
しかしながら、前記八において認定判断したとおり、仮に被告の主張するような期待権が存在するとしても、それはあくまで事実上のものであり、不法行為法上保護に値する利益とは到底いえないというべきである。被告の主張は、それ自体失当であるといわなければならない。
3 よって、争点13に関する原告の主張は理由がない。
一二争点14「原告による担保取消決定の申立ての違法性)について
1 前記八において認定判断したとおり、被告は、昭和六二年一〇月三日、原告の解任通知によって、本件保証金の担保取消決定申立ての代理権を喪失したところ、前記一の認定事実によれば、原告がE弁護士を代理人として、本件保証金の担保取消決定の申立てをしたのは平成二年三月であるから、原告の右行為が被告に対する不法行為になるということはできない。
被告は、原告の右行為は、被告の本件保証金に対する権利行使を妨げる目的でなしたものである旨主張するが、前記八で認定判断したとおり、被告は、そもそも、本件保証金に対して何らの権利を有していないのであるから、主張自体失当である。
2 よって、争点14に関する被告の主張は理由がない。
一三争点6(被告の反訴提起の違法性)及び争点15(原告の本訴提起の違法性)について
1 思うに、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁参照)。そして、右の理は、当該訴訟の係属中、訴えが追加的に変更されたり、相手方が反訴を提起した場合にも妥当すると解するのが相当である。なぜなら、訴えの追加的変更や反訴の提起は、それ自体当該本訴とは別個独立して請求をするものであり、当該本訴の提起と何ら変わりはないといえるからである。
以上を前提に、本訴・反訴提起の各違法性について検討する。
2 本訴提起の違法性について
(一) 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、原告の本訴請求及び請求原因(事後に追加された請求、すなわち、被告の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求も含む。)は前記第一、第二のとおりであるところ、原告の本訴請求のうち、被告の委任契約上の債務不履行及び本件仮差押の不法行為に基づく損害賠償請求については、前記認定判断したとおり、請求の一部につき理由があること、その他の請求、すなわち、着手金・報酬の返還請求及び被告の弁論活動の不法行為に基づく損害賠償請求は、前記のとおり、その前提となる事実が証拠上認められないので、いずれも請求は認められない旨判断されたことが明らかである。
そうとすれば、原告の主張した権利又は法律関係が、事実的・法律的根拠の欠くものであるとは到底認められないから、原告の本訴提起が違法であるということはできない。
(二) 被告は、原告は、本訴において種々の虚偽の証拠、すなわち、バツ印のついた委任契約書などを提出し、かつ、原告側証人甲野敬子は別紙物件目録(一)ないし(四)記載の各土地に関し偽証をし、さらに、残りの不動産は原告の固有不動産であるとか、「委任なき訴訟事件」について「委任あり」、「委任なき事件」につき「提訴すべきである義務がある」などといった虚構の主張をして本訴を追行したものである旨主張する。
しかしながら、本件全記録を精査しても、原告の提出した証拠が虚偽のものであるとは到底認めることができない。また、被告の主張のうち、残りの不動産は作次郎の遺産であるにもかかわらず、原告が残りの不動産が原告の固有財産である旨虚構の主張をしている点は、本件全記録を精査しても、残りの不動産の所有権が原告に帰属するかどうかは確定し得ないのであり(第二の訴訟において確定されるべきものである。)、右主張が虚構のものであると認めることは到底できない。また、被告の主張のうち、原告が「委任なき事件」につき「提訴すべきである義務がある」旨種々の虚構の主張をしているとの点は、前記認定判断したところに照らし、それが虚構のものであると認めることはできない。そして、他に原告が虚偽の証拠を提出し、虚構の主張をしたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) よって、争点15に関する被告の主張は理由がない。
3 反訴提起の違法性について
(一) 前記一の認定事実及び前記争いのない事実によれば、被告の反訴請求及び請求原因(事後に追加された請求額の拡張も含む。)は前記第一、第二のとおりであるところ、被告の反訴請求のうち、報酬残金の請求については前記九において認定判断したとおり、被告の報酬請求権自体は認められるものの、ただ信義則上その行使が許されないのであるから、被告の右請求が事実的・法律的根拠を欠くものであるということはできない。
次に、被告の反訴請求のうち、原告の不法行為に基づく損害賠償請求については、前記一〇ないし一二及び右一三2で認定判断したとおり、いずれも理由がなく認められない旨判断されたところ、右請求は、被告の主張するような事実を証拠上認めることはできないことを理由としていることに照らすと、被告の右請求が事実的根拠を全く欠いたものであるとまで評価することは困難であるといわざるを得ない。
次に、被告の反訴請求のうち、被告が本件保証金の担保取消決定申立ての代理権及び本件保証金の払戻しの権利を有することの確認を求める訴えについては、前記八において認定判断したとおり、確認の利益を欠くので不適法である旨判断されたものの、被告の右訴えが法律的根拠を全く欠いたものであるとまで評価することは困難であるといわざるを得ない。
そして、他に被告の反訴提起が違法であることを認めるに足りる証拠はない。
(二) よって、争点6に関する原告の主張は理由がない。
一四争点9(原告の損害額)について
1 被告の委任契約上の債務不履行に基づく損害について
(一) 残りの不動産についての被告の債務不履行(請求額二〇〇万円)
(1) 証拠(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、残りの不動産について原告の依頼を断る旨の通知などをしなかったため、原告は、第一の訴訟が提起された昭和五七年九月から第二の訴訟が提起された平成二年まで約八年間、残りの不動産につき訴えを提起するなどの(民事)裁判を受ける権利を事実上行使できなかったこと、原告は、第二の訴訟の提起をE弁護士に依頼したこと、原告は、第二の訴訟の着手金として、E弁護士から三九五万円の請求を受けていること、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告の法律相談契約上の債務不履行によって被った原告の損害は、民事裁判を受ける権利の侵害ということができる。
(2) そこで、次に原告の損害額を検討する。
原告が、民事裁判を受ける権利を侵害されたことによる損害は、結局、原告が第二の訴訟の提起の際にE弁護士に支払うべき着手金と、被告の債務不履行当時、被告が残りの不動産についても受任して訴えを提起したならば要したであろう着手金との差額と解するのが妥当である。
これに対し、わが国では、民事訴訟に関しいわゆる弁護士強制主義を採用していないので、弁護士に支払うべき着手金との差額を損害と捉えることには疑問があるとする批判もありえよう。しかしながら、現実の問題として、特に地裁レベルの民事訴訟の大部分は、当事者が弁護士を訴訟代理人として委任していること、不法行為に基づく損害賠償訴訟においては、弁護士費用も損害の一部と認められていること、仮に、弁護士に依頼して裁判を受ける権利を行使する時期が遅れたことがあったとしても、それは依頼者側の事情に基づくものであり、過失相殺の規定により処理すれば足りると解されることなどに照らすと、右批判は当たらないと考える。
以上を前提に本件についてみるに、原告が第二の訴訟の提起のためにE弁護士から請求されている着手金は三九五万円であるところ、右金額は大阪弁護士会報酬規定などに照らし妥当であるといえる。そこで、問題は第一の訴訟提起時、すなわち、昭和五七年九月の時点における残りの不動産の訴訟提起に要したであろう着手金の額である。
証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によれば、日本弁護士連合会報酬規定及び大阪弁護士会報酬規定において、着手金・報酬は経済的利益をもとに算定する旨規定されていること、所有権移転登記請求訴訟における経済的利益の算定は、当該不動産の時価を基準にするとされていること、昭和五七年当時、弁護士が着手金・報酬を算定する際の不動産の時価は、固定資産税評価額の三倍を基準としていたこと、昭和五七年度の残りの不動産の固定資産税評価額は合計二三一三万四三八五円であったこと、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、昭和五七年九月当時における残りの不動産の経済的利益、すなわち、時価は固定資産税評価額の三倍である六九四〇万三一五五円であったことが認められる。そして、前記各報酬規定によれば、経済的利益が六九四〇万三一五五円である場合の着手金・報酬の標準額は三六四万五〇〇〇円であり、減額許容額は二五五万一五〇〇円であることが認められる。そして、一般に、弁護士が訴訟事件を受任する際、右報酬規定によって算定された着手金・報酬の減額許容額を請求・受領していること及び当事者が多数いることなど第二の訴訟の難易などに鑑みれば、昭和五七年九月の時点における着手金の額は、二七〇万円であると認めるのが相当である。
そうすると、被告の相談契約上の債務不履行によって被った原告の損害額は、三九五万から二七〇万円を差し引いた一二五万円であると認められる。
(二) 本件仮処分委任契約上の債務不履行について(請求額六〇〇万円)
(1) 証拠(<書証番号略>、証人甲野敬子、原告第一回、第二回)及び弁論の全趣旨によれば、被告の本件仮処分委任契約上の債務不履行により、原告は、本件仮処分の執行ができなかった本件プレハブ及びその敷地などの暫定的な占有回復を受けることができなかったばかりか、第二、第三の仮処分及び第三の訴訟が提起されるまでの約五年間、原告は、本件プレハブ及びその敷地などに対する占有移転禁止等の仮処分手続や二六一番ほかの土地に対する建物収去土地明渡しの本案訴訟、さらには二四三番五ほかの土地に対する占有移転禁止等の仮処分手続や建物収去土地明渡しの本案訴訟の提起をするなどの民事裁判を受ける権利ないし裁判上の救済手続を受ける権利を事実上行使できなかったこと、原告は、その後、第二、第三の仮処分手続及び第三の訴訟の提起をE弁護士に依頼したこと、原告は、E弁護士より第二の仮処分の着手金として一三〇万円、第三の仮処分の着手金として三〇万円、第三の訴訟の着手金として合わせて二九五万円の請求を受けていること、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、被告の本件仮処分委任契約上の債務不履行によって被った原告の損害は、二六一番ほかの土地及び本件プレハブ並びに二四三番五ほかの土地に対する民事裁判を受ける権利ないし裁判上の救済手続を受ける権利の侵害ということができる。
(2) そこで、次に原告の損害額を検討する。
原告が、民事裁判を受ける権利ないし裁判上の救済手続を受ける権利を侵害されたことによる損害は、結局、原告が第二、第三の仮処分及び第三の訴訟の提起の際にE弁護士に支払うべき着手金(もっとも、第二の仮処分及び第三の訴訟は、別紙物件目録(一)記載の土地をも対象としているので、土地の公簿面積の割合に応じて右着手金の金額を減額すべきである。)と、被告の債務不履行当時、被告が本件仮処分の相手方に山中を加え、二四三番五ほかの土地についても仮処分手続を受任し、さらに二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地に対する建物収去土地明渡しなどの本案訴訟の提起を受任し、訴えを提起したならば要したであろう着手金との差額と解するのが妥当である。
これを本件についてみるに、原告が第二、第三の仮処分及び第三の訴訟の提起のためにE弁護士から請求されている着手金は、合計四五五万円であるところ、前記のとおり、第二の仮処分及び第三の訴訟につき別紙物件目録(一)記載の土地を除いて算出した着手金の金額は、合計三五七万円になる。
第二の仮処分
130万円×815m2÷970m2
=109万2268円
第三の訴訟
295万円×815m2÷970m2
=247万8608円
したがって、原告が二六一番ほかの土地および二四三番五ほかの土地につき、第二、第三の仮処分及び第三の訴訟の提起のためにE弁護士に支払うべき着手金は合計三八七万円になる。
109万2268円+247万8608円+30万円
=387万0906円
そして、右金額は大阪弁護士会報酬規定などに照らし妥当であるといえる。そこで、問題は被告の債務不履行当時、すなわち、昭和六〇年九月末日の時点において前記仮処分手続及び本案訴訟の提起に要したであろう着手金の額である。
この点につき、昭和六〇年度の二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地の固定資産税評価額が幾らなのか明らかではない。しかしながら、証拠(<書証番号略>)によれば、本件仮処分委任契約における着手金は五〇万円であったことが認められるから、これを手がかりに算定するのが妥当である。そして、証拠(<書証番号略>)によれば、二六一番ほかの土地の公募面積は三五一三平方メートルであるのに対し、林が占有した二四三番五ほかの土地の公募面積は八一五平方メートルであると認められるから、公募面積の割合に応じて二四三番五ほかの土地の仮処分着手金を算定すれば、一二万円(千円以下は四捨五入)ということになる。
50万円×815m2÷3513m2
=11万5997円
そうすると、昭和六〇年九月末日時点における仮処分手続に要したであろう着手金の額は、二六一番ほかの土地及び二四三番五ほかの土地を合わせて六二万円であったと認めるのが相当である。そして、日本弁護士連合会報酬規定及び大阪弁護士会報酬規定によれば、仮処分手続の着手金・報酬の額は、本案訴訟の経済的利益の三分の一と規定されていることからすれば、右時点における本案訴訟を提起していたならば要したであろう着手金の額は、右仮処分着手金の三倍である一八六万円であると認めるのが相当である。
以上によれば、被告の本件仮処分委任契約上の債務不履行によって被った原告の損害額は、三八七万円から右仮処分着手金六二万円及び本案訴訟着手金一八六万円を差し引いた一三九万円であるというべきである。
2 被告の不法行為に基づく損害について
(一) 本件仮差押について(請求額四〇万円)
証拠(<書証番号略>、原告第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の違法な本件仮差押を排除するため、本件仮差押の保全異議申立て手続をE弁護士に依頼したこと、原告は、E弁護士より右手続の着手金として二〇万円の請求を受けていること、原告は保全異議の認容(本件仮差押取消し)決定の確定により、E弁護士より報酬として二〇万円の請求を受けていること、以上の事実が認められる。そして、右の着手金・報酬の額は、弁護士会の報酬規定に照らし妥当な金額であるといえる。
右認定事実によれば、原告が本件仮差押の排除のためになした保全異議手続に要した着手金・報酬の弁護士費用は、被告の本件仮差押という不法行為と相当因果関係のある損害であるというべきである。
よって、被告の本件仮差押によって被った原告の損害額は、四〇万円であると認められる。
3 本訴状が平成三年一月八日被告に送達されたこと、請求の趣旨増額申立書が同五年四月六日被告に送達されたことは、本件記録上明らかである。
4 そうすると、被告は、原告に対し、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償として二六四万円、不法行為に基づく損害賠償として四〇万円の合計三〇四万円及び内金一二五万円に対する平成三年一月九日から、内金一七九万円に対する平成五年四月七日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求中書類の引渡しを求める訴え及び被告の反訴請求中確認の訴えについては、不適法として却下を免れず、原告のその余の本訴請求は、主文第三項の限度において理由があるから認容し、その余の本訴請求はいずれも理由がないから却下することとし、被告のその余の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官島岡大雄 裁判官小見山進は、差し支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官中田昭孝)
別紙物件目録<省略>